投資の世界に生きる

プロ投資家として投資の基礎を発信


8人の富豪は貧困層36億人の資産額に匹敵している。年収は?



要約

  • 年収だと世界の下位1,200万人に最低でも相当。(3,300万人くらいだと推定)
  • 資産と年収で格差が大きく異なるのは資本主義の構造的問題
  • 資本市場は企業にリターンを求めすぎており、この問題を解決するには企業と投資家の対話が肝となる
  • 投資家が企業にバリュエーションを通して永続成長を要求するのは間違っている可能性

導入

  Oxfamの1月のレポートが明らかにした、世界上位8人の富豪の資産は世界の人口の下位半分の人の資産と同等であるという事実は衝撃的で、日本でも広まりつつあるように思われます。

 投資とは無縁だと思いながら、気になっていたのでOxfamのレポートの原文を読んでみました。すると投資家として考えさせる内容だったので、少し調査を交えながら共有したいと思います。調査では、富豪の年収と世界の下位層の年収を比べてみました。

 ※基本的にデータ自体がそもそも存在しないため、推定が混じっています。その場合、注記をつけています。

疑問:収入ベースでは世界上位8人は世界の下位何人に匹敵するのか

 実は、レポートを読み始めた原因はこの疑問が思い浮かんだからです。たった8人の総資産が世界下位の35億人の資産と同じというのは衝撃的です。一方、収入ベースではどのくらいなのだろうという疑問がわきました。

 なぜかというと、結局総資産=使えるお金では全くなく、資本主義ならば資産ベースでの格差が大きいことは明らかだからです。(後述しています。)実際に、今回の富豪たちは自分の会社の株が資産の多くを占めるので実質その資産は今すぐにはまず売ったりして使えません。

 そしてOxfamのレポートを見てもやはり上位8人の年収に関する記述はなかったのです。そこで上位8人の年収について調べてみました。

世界上位8人の富豪

 本題に入る前にそもそも上位8人の富豪が誰で、どのくらいの資産を持っているのか実名で紹介します。

f:id:eve93:20170119143349p:plain

 共通点は全員、企業の創業者orオーナーです。*1以下、1人ずつ少しだけ紹介します。

  1. ビル・ゲイツ...マイクロソフト(windowsの会社)の創業者。
  2. アマンシオ・オルテガ...アパレルブランドZARAの創業者。
  3. ウォーレン・バフェット...世界で最も偉大な投資家の一人。バリュー(長期)投資で成功し、投資会社バークシャーハザウェイのオーナー。
  4. カルロス・スリム...中南米の通信会社、アメリカモビルのオーナー。メキシコで最も成功した投資家。
  5. ジェフ・ベゾス...アマゾン(Amazon.com)の創業者。
  6. マーク・ザッカーバーグ...フェイスブック(Facebook)の創業者。
  7. ラリー・エリソン...システム会社オラクル(Oracle, Javaを開発)の創業者。
  8. マイケル・ブルームバーグ...金融情報端末Bloombergの創業者。元ニューヨーク市市長。

上位8人の富豪の年収

 Oxfamがここに言及しなかった原因の一つでもあると思いますが、当然個人の年収は公表されていません。そのため、今回は各人が所属する企業からの役員、配当収入を確からしい額としていったん算出しました。

f:id:eve93:20170119163153p:plain

*2

富豪の給料

 見てわかる通り、実は富豪たちの多くは富豪にしては給料を得ていません。極端なケースだとベゾス氏に至っては配当もないため、見える収入は0です。また、エリソンのも42億円は多く見えますが、その多くは株式などでの支払いで使えるお金という点ではかなり少ないのが現実でしょう。ザッカーバーグ氏も同様です。

 ちなみにブルームバーグは非上場の企業であることからブルームバーグの収入は謎に包まれています。

注目すべきは配当額

 何兆円という資産を持つと、収入の大半は配当の受け取りによるものになります。分かっているだけで圧倒的なのはZARA創業者のオルテガ氏の1,038億円です。次いでエリソン氏の700億円です。

 世界一の富豪であるはずゲイツ氏が上の表で少ない理由は、マイクロソフト株は資産のごく一部に過ぎないためです。この背景にゲイツ氏は慈善活動などをするためにマイクロソフト株を明け渡し、売却を行っているというものがあります。

富豪たちの年収は世界の下位何人の年収に匹敵するか

 今回は参考の年収として、タンザニアの182ドル*3を使用します。先ほどの表は全て円建てで紹介しましたが、ここからはドル建てで計算を行いました。

 今回、先ほど計算した7人の富豪たち(ブルームバーグ氏を除き、オルテガ氏の役員報酬を除いています。)の確定的な年収の合計は2,214(百万ドル)です。これを先ほどのタンザニアの平均年収で割ると1,215万人になります。

 つまり、確定的な収入だけで7人の富豪は低所得国1,215万人分の年収を誇ることになります。大体、東京都の人口と同じくらいです。

タンザニアの平均年収

 世界銀行はGNI(国民総所得)別に国を4つに分類しています。GNIとはその国の人が生み出し金額でGDPと似通ったものです。その中でタンザニア(アフリカ)は一番下の分類で、平均年収が182ドル*4でした。

 今回、タンザニアを用いたのはドルに直せる年収データがタンザニアしかなかったためです。また、GNIでの区分と年収はおそらく若干異なりますし、タンザニア以下の平均年収も同じ区分には多いと思われます。 

富豪たちvsGNI別最下位グループ

 タンザニアと同じく、GNI別で一番下の分類となる国の人口の合計は約6億4000万人です。従って、実はこのデータだけで考えれば、富豪たちの今の収入は資産額に比べてそんなに多くないことがわかると思います。

 これが決して格差ではないとは言いませんが、資産額で比較すると下位層と上位層では大きな差が出てくる証拠です。

Oxfamの主張:資本主義の問題

 このように年収ベースより資産ベースでの比較のほうが差が広がるのが資本主義の問題の証拠です。

 資本主義では余剰資金は更なるお金を生み出します、一方でその余剰資金に使われる人が出てくる仕組みです。つまり、いったん余剰資金を生み出せる側に行くと生活が一変するのです。そして、基本的にはいったん資産を持てばなくなることはないのです。図示すると以下のようになります。

f:id:eve93:20170119220353p:plain

 そこで、Oxfamは資本主義の問題に目を当て、政府が資産の分配を行うことを訴えています。私も個人的には賛成です。どのようなシステムにも長所短所があります。資本主義の場合、短所は政府や個人の善意で改善できるものだと思います。

Oxfamのもう1つの主張:資本市場はリターンを求めすぎている

 投資家的に先ほどの主張より気になったのはこちらです。Oxfamは格差が広がった原因として資本市場がリターンを過度に求めた結果、コスト削減などにより労働者に利潤が回らないからだと主張しています。

 日本でも企業の収益が伸びてもほとんどが内部留保=投資家の利潤に回っています。この原因も同様に、資本市場のプレッシャーでしょう。投資家としてはリターンが上がるに越したことはないのですが、企業の経営者は身内(=労働者)のリターンを向上させる/守ることを考えるべきでしょう。

 世界的に見ても、BIG3の破綻が例にあるように人件費は会社を潰す理由になりかねないせいか、企業がIRで人件費を確保するような主張はあまり聞いたことがありません。本来であれば、企業のコストカットは無駄を省くという行為であるはずです。そこで、労働者の利潤を無駄と捉えた結果がこの格差でしょう。

 この格差の是正には企業による投資家へのコストに関するコミュニケーションの強化、投資家の聞き入れ体制の2つが肝になってくると思います。

不況のせい?

 今回のこの問題には環境、不況の問題も一因だと思います。一例として、日本は1990年代後半にデフレに入って以降、企業収益は伸びても賃金が伸びない状況が続いています。また、Oxfamのレポートでも1980年後半から今にかけて年収上位層は給与が大きく伸びたが、下位層はほぼ伸びていないといっています。

 どうしても先行きが明るくないと財布のひもを締めがちでそれが連鎖的に続く結果、企業もコストカット=人件費削減することになります。こういった中で投資家は株式に対して永続成長をバリュエーションを通して要求するのが間違っているのかもしれません。

余談:富豪の収入の全てを推定した場合

 最後に、確実な収入以外を推定してみたいと思います。各富豪が持っているとされる自社の株以外の資産から年率2%の収入が得られると仮定してみました。(ブルームバーグ氏のみ3%としています。なぜなら非上場でかつ本人が88%も株を所有しているため配当が多いことが予想されるからです。)*5

 すると、自社株以外からの収入が3,753億円で富豪8人は約3,300万人分の給料を稼いでいることになります。(タンザニア平均年収と比較)

OECD(先進国)平均との比較

 OECD平均では年収が、17,760ドル*6です。7人の富豪の確実な収入と比較すると12万5千人程度、8人の全ての収入推定した場合、33万6千人程度の収入と一致します。

 こう見ると、先進国の一般人もケニアの人100人分は稼いでいるんですね。

出典

An economy for the 99% | Oxfam International

The World's Billionaires List

*1:ウォーレン・バフェット氏、カルロススリム氏は企業を買収したので創業者ではないです

*2:Forbesのランキングを利用。各社SEC提出書類より抽出。1ドル=100円で計算。アメリカモビルは役員給与全体しか公表していないため等分として計算。また、カルロススリム氏の配当受入額は本人所有の株式に、家族で保有する株式を経営に携わる4人で等分した際のものを加算。ユーロドルのレートは2016/2月末のものを使用。

*3:ILOより取得、為替レートは2017/1/19のものを使用

*4:ILO(International Labor Organization)より。2017/1/19の為替レートでドルに変換

*5:オルテガ氏の給料は不明のままです。

*6:OECDより

≪前のページ