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割引率の全て~構成要素、算出方法~



要約

  • 割引率とはリスクフリーレート(金利)とリスクプレミアム(不確実性)から構成
  • リスクフリーレートとは投資期間と一致する国債の金利(株、不動産は10年物)
  • リスクプレミアムとはアセットクラスのリスクプレミアム×リスク倍率

導入

 以前の記事(下)で、投資をする上で重要な概念の現在価値に関して紹介しました。 

 現在価値を算出するのに必要なのが割引率です。今回は投資において最も重要な数値の一つである割引率に関して考えます。また、近年はいわゆる投資でなくてもプロジェクト管理のために多くの業界で用いられています。

 参考までに、ここで紹介する考え方は以前紹介したCAPM(資本資産価格形成モデル, Capital Asset Pricing Model)やAPT(裁定価格理論, Arbitrage Pricing Theory)という理論に基づいています。

 

割引率を決定する2つの要因

 割引率の決定に影響があるのは1. 金利、2. 不確実性の2点に尽きると考えられます。 なぜなら、割引率は、「将来得られるお金をどれだけ割り引いたら投資家が買ってくれるか」によって決まるからです。投資家は少なからず、今あるお金を国債に投資すれば、国債の利回りを必ず得られます。(国債が無リスクと考えられているため。詳しくは下の記事で)

investall.hatenadiary.jp

 したがって、投資家は最低でも国債の利回り/金利は要求します。そして、投資対象によっては将来得られるお金が定まっていなかったり、そもそもお金が手に入らないかもしれない可能性があります。これが投資家が要求する不確実性の上乗せ分です。図にすると以下のようになります。

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 それではこの2点について詳しく見ていきましょう。

金利

 この無リスク投資の利回りをリスクフリーレートと呼びます。先ほど、投資家は最低でも割引率として国債分を要求すると述べました。では、複数年限がある国債のどの金利をリスクフリーレートとして使えばいいのか、国債の金利はどのように決まるのかを説明します。

 そもそも金利とは何か、今後の金利の動向は以下のページにまとめています。

リスクフリーレートと対応する国債の年限

 原則、投資期間に対応した国債の年限を使うのが一般的です。しかし例外が2パターンあります。

  1. 投資期間に対応した国債の発行がないがない場合...イールドカーブと言われる国債の年限と利回りを描いた曲線から推定することになります。
  2. 投資期間が10年を超える場合...身近な例では株式や不動産が当てはまります。この場合、原則10年物の国債の利回りを使います。基本的に10年までが国債でも無リスクと言われています。(個人には関係ないですが、インフラなど超長期のプロジェクトはどうしているのか不明です。どなたか知見があればお教え願います。)

 間違えて欲しくないのは、株式などの証券は途中で売却できるからと言って、短期国債を無リスク利回りとして扱わないことです。なぜなら、実際の市場取引の株価は10年物の国債を割引率の無リスク分として使っているからです。つまり、独りよがりな割引率を使っても買い手がいないということです。大事なのは市場で使われているリスクフリーレートを使うことです。特に、株式と不動産は10年国債をリスクフリーレートとして使います。

国債の金利決定要因

 そもそも割引率を考えるにあたって国債の利回りを使えばいいところ、なぜこれを考えるか説明します。それは、市場での国債の金利が割引率として適応するべき金利と異なるケースがあるからです。国債の金利は市場の取引によって定まるため、日々変動します。概ねその時どきの金利は、その一時点での割引率としては正しいのですが、将来にわたって正しいかというと違うことが多いのです。そのため、長期投資をする場合は特に、長期金利がどこに向かっていくのかを見極め、リスクフリーレートを設定する必要があります。

 理論的には長期国債の金利は名目GDP成長率と一致すると言われています。現実には滅多に一致しませんが、それでも基本的には名目GDPと長期国債の金利は連動して動いています。そのため、名目GDPはどのように構成されるかということが分かれば長期金利の行き先がわかります。

{名目GDP成長率=インフレ率+実質GDP成長率}

なのです。つまり、長期金利はインフレ率と実質の経済成長が長期的にどのようになるかによって決定します。現実にはこの2つに対し予測を立てることは難しいですが、この2つがリスクフリーレートを決めるということは知っておきましょう。

 では長期金利が異常な場合、どうやって名目GDP成長率によってリスクフリーレートを設定すればいいかという問題に対処しましょう。先ほど述べたように多くの方には名目GDP成長率の長期的な見立てを立てるのが難しいといいました。しかし、国際機関や政府が名目GDPの見通しを代わりに立てています。日本政府の見通しは載っていませんが、Japan GDP Growth Forecast 2015-2020 and up to 2060, Data and Charts - knoema.comにまとまっています。(英語サイトですが、数値だけ拾うことはできると思います。)

不確実性

  次に不確実性です。これはリスクプレミアムと呼ばれます。リスクフリーレートに上乗せするプレミアムです。これもまた長期金利同様に2つの部分に分解され、以下のように計算されます。

{リスクプレミアム = \\(アセットクラスのリスクプレミアム - リスクフリーレート) \\ \times リスク倍率(ベータ) }

 例えば、A社の株式は「(5%(株のリスクプレミアム) - 1%(リスクフリーレート))×1.1(A社の倍率/β) = 4.4%」のリスクプレミアムを持つことになります。

アセットクラスのリスクプレミアム

 まず、アセットクラスのリスクプレミアムをどのように算定すればいいのかという問題が発生すると思います。その解決法は以下の2つです。セットクラスが何かというのはこちらのページで説明しています。

  1. 情報検索...ネットで「株 リスクプレミアム」や「不動産 リスクプレミアム」などで検索し出てきた数値を使う手段です。おそらく2つ以上の数値が出てきます。そのときはもっともらしい数値を選ぶ、もしくは感応度分析*1を行う手段があります。
  2. 自分で計測...これはデータが手に入る際のみ可能な方法です。主に株式やREITなど上場しているものなら計算できます。玄人向けの方法で、説明も長いため、こちらの記事(作成)で紹介します。

 次に、そもそもリスクプレミアムとは何かということを考えます。リスクプレミアムは、不確実性に対して更なる割引を投資家が求めることでした。そのため、リスクプレミアムは「投資対象が国債に比べて長期的にどれほどのリターンを過去もたらしたか」に一致するとされています。(これが2のざっくりした計算方法です。)なぜなら、過去に国債より稼いでる分は今後も稼げると投資家は仮定するからです。

 上で説明したのが、リスクプレミアムとして大体の説明になっています。しかし、これに加え、リスクプレミアムは様々な理由で付きます。代表的なものを3つ挙げます。これらはアセットクラスにも個別の投資対象にもつきます。

  1. 流動性プレミアム...流動性の低い市場や、上場していない投資対象につくプレミアム。原則上場証券からリスクプレミアムを算定するため、アセットクラスのリスクプレミアムは即換金できることが前提になっています。
  2. 国(地域)プレミアム...原則、マザーマーケット以外での投資をする際につくプレミアム。先進国にとって発展途上国はリスクが高いためプレミアムがつくことがあります。
  3. 中小型プレミアム...規模の小さい投資につくプレミアムです。特に中小企業は大企業に比べて経営体力がないため、プレミアムがつきます。

 様々なプレミアムがあるというのはつまり、投資家の気持ちの問題でリスクプレミアムが決まっているからです。リスクプレミアムは投資家がリスクを取りたくないタイミングでは上昇し、リスクを取りたい場合には低下します。大抵、投資家のリスク選好度はアセットクラスの将来の見通しによって変わります。

 また、ここでいうアセットクラスでは、株、不動産ではなく、国内株や国内不動産と市場を限定したアセットクラスであることに注意してください。もちろん、例えば世界中の株式に対して日本株の倍率を算定し日本株のリスクプレミアムを出すこともできます。しかし、個別銘柄に対し投資をする際にさらに倍率をかけるとなるとパラメータが増えるので精度が低くなりがちです。

リスク倍率(ベータ)

 個別の投資対象が、属するアセットクラスに対してどのくらいリスクの大きさが違うかを表した倍率をβ(ベータ)と呼びます。これもアセットクラスのリスクプレミアム同様の方法で決定することができます。上場株式の場合は「銘柄名 ベータ」とすれば検索で見つけられます。ここでの倍率もまた、投資家心理によって変化します。ベータの計測もリスクプレミアムの計測と同じ記事で扱います。

割引率の分解まとめ

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 先ほどは大きくリスクフリーレートとリスクプレミアムに分けていましたが、最終的には4つのパートになりました

  1. 実質GDP成長率...インフレを除いた経済成長
  2. インフレ率...物価の上昇率
  3. アセットクラスのリスクプレミアム...アセットクラスの国債に対する超過リターン
  4. ベータ...個別の投資対象の、アセットクラスに対するリスク倍率

 また、リスクプレミアム部分は投資家の気持ち(=心理)で決定づけられることから変動が大きいです。一方リスクフリーレートは事実などに基づいて決まるため変動は小さめです。

複数の資金調達方法を行う場合の割引率(WACC)

 企業/不動産(REIT)/プロジェクト/インフラなど、複数の方法で資金調達をしている場合、一般的に割引率の加重平均をとったものを割引率として扱います。その割引率をWACC(Weighted Average Cost of Capital)と呼びます。

 企業の場合、主に株式と債券の2つの方法で資金調達をしているので以下の式で割引率を計算します。

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 また、WACCのイメージとして例を図にしました。

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 余談

 株式市場でよく聞かれる、「心理悪化により株価下落」というのは、投資家の考えるリスクプレミアムが上昇した結果、株の買い手が減り、売り手が増えることで株価が下落するのです。こういったことは債券市場では滅多に見られません。(債券自体売買で儲けるというのが主流でないのも一因ですが。)

参考書

 割引率は企業金融(コーポレートファイナンス)の基礎です。そこで企業金融に関する業界本を紹介しておきます。

コーポレート・ファイナンス 第10版 上

コーポレート・ファイナンス 第10版 上

  • 作者: リチャード・A・ブリーリー,スチュワート・C・マイヤーズ,フランクリン・アレン,藤井眞理子,國枝繁樹
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: 単行本
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