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完全版:財務分析の手法~収益力/経営効率/財務状況分析~



要約

  • 粗利率は単純な商品売買による利益率で、これに着目することで会社の商品自体の収益力がわかる
  • 営業/経常利益率は、企業の持続性のある利益が、売上に対してどれくらいかを示す
  • 百分率財務諸表を分析に用いることが必須
  • 資本効率は投資家から見た指標で、資産効率は会社運営の効率を示す
  • 売上増を伴わない流動資産の急増は企業のビジネス状況悪化を意味する
  • 財務レバレッジは資本効率を上げる一方で倒産可能性を高める
  • 投資判断には時価、経営目標判断には簿価を用いる

導入

 前ページでデュポン分析(式)と投資効率指標を扱いました。

このページではデュポン分析をより詳細に行うやり方を紹介します。ここで紹介されるのは投資判断などにおける財務諸表や決算書を用いた財務分析の基礎的な方法になります。つまり、財務指標、経営指標としては必ず押さえたい項目になります。

 

損益計算書分析~収益力分析と百分率財務諸表~

 まず、企業の収益力を測る、収益性指標を紹介します。

収益性指標

 デュポン分析の1番目の分数項である純利益率はこの収益性指標に入ります。基本的に売上に対して、どの程度利益を上げているかという指標です。今回は純利益率以外の収益性指標を紹介します。

粗利率

 粗利率は商品売買のみによる利益率を表しています。計算式は以下のようになります。

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 また、売上総利益とは、単純に商品を売るだけで得られる利益額のことです。以下の式のようになります。

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 八百屋を例にして考えてみましょう。八百屋が、市場で80円でミカンを仕入れ、客に100円で売るビジネスだけをしていたとします。(どんな八百屋やねん)すると、まず売上総利益は100 - 80 = 20円になります。そのため、粗利率は 20 ÷ 100 = 20%となります。

 この粗利率に注目することで、会社が売っている商品自体の収益性がわかります。また、通常会社は1つ以上の商品を販売しているので会社の販売している商品群の収益性がわかります。そのため、粗利率の変動からは主に以下のことが考えられます。

  1. 市場競争の変化...競争が激化すれば粗利率は低下し、競争が穏やかになれば粗利率は上昇します。通常、市場の拡大局面では競争が穏やかになり、市場の停滞、後退局面では競争が激化する傾向があります。
  2. 商品の競争優位性...商品の優位性が低くなれば、値下げをせざるを得なくなり粗利率は低下します。一方、商品の優位性が高ければ粗利率も高くなります。
  3. コストコントロール...販売単価が競合と同水準で、粗利率が高い場合、コストを下げることがうまいことが考えられます。
  4. 会社の売上構成の変化...個々の商品の粗利率が変動をしていなくても、各商品の粗利率の違いから、会社の売上構成が変化すると粗利率が上下します。

営業/経常利益率

 営業/経常利益率は、企業がビジネスをすることで得られる売上に対する利益率です。営業利益率とは、売上総利益から、"販売費及び一般管理費(販管費)"を引くことで通常計算されます。販管費は商品を売るのにかかった費用(人件費、広告費、輸送費..etc)や会社の運営に必要な費用(人件費、土地代、減価償却費...etc)のことです。ただし、負債の金利など金融費用は含みません。

 また、経常利益は、金融収支(利子受取、為替差益)等企業の行うビジネスに直接関わらない収益/費用を、営業利益から足し/引きしたものです。ちなみに、純利益は特別損失など一時的な収益/費用を経常利益から足し/引きしたものです。

 営業利益率、経常利益率はそれぞれ以下の計算式で算出されます。

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 従って、営業/経常利益率は企業のビジネスにおいて持続性の高い利益の売上に対する割合を示します。一方で、純利益率は一時的なことも含め、企業の最終的な利益の売上に対する割合を示します。

 営業/経常利益率は大切ではありますが、売上総利益との中間項である、販管費の推移の方が重要です。販管費の推移を売上総利益率と一緒に注目するのがよいでしょう。

百分率損益計算書

 これは、損益計算書を売上高を分母とし、百分率の形で各項目を表示させる財務分析の手法です。まずは、実際に以下の簡単な損益計算書を見てみましょう。日本の損益計算書の大きな項目は以下の例と同じであることが大半です。

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 通常と書いたものが、通常の損益計算書です。一方、百分率と書いたほうが百分率で損益計算書の各項目を表示したものです。これを用いると各項目が売り上げに対してどの程度の割合を占めているかわかります。百分率での推移を見ることで、変動費であれば、売上に対して増えすぎていないかなどを確認できます。

 また、この手法は貸借対照表やキャッシュフロー計算書でも用いることができ、それぞれ総資産、税金等調整前純利益を100%と設定することで分析をすることが可能です。

 実際の数値だけを追っていてもわからないことが、百分率を用いて財務諸表を作ることでわかります。そのため、財務分析をするにあたってはほとんどのプロが使用しており、必須の手法だと考えています。

貸借対照表分析~資産効率分析~

 資産回転率を用いることで企業が、企業が持つ資産を有効活用できているかを測ることができます。

資産回転率指標

 デュポン分析では、総資産回転率が相当する指標です。資産回転率では、会社の持つ資産の売上高/売上原価に対する割合を示します。また、貸借対照表と損益計算書の項目両方を用いる指標の計算に当たっては、貸借対照表の項目は、前期と当期の資産額の平均を使うことを推奨します。

資本効率と資産回転率の違い

 以前紹介した資本効率と資産回転率は似ているようですが、違います。会社は負債や株主資本を調達することで、資金を得て会社を運営しています。従って、資本効率は「調達した資金に対し、どの程度利益を上げているか」と資金提供者から見た指標です。一方、資産回転率は、「会社の持つ資産をどの程度うまく使ってビジネスをしているか」と会社運営者を測る指標です。これをまとめたのが以下の図です。

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 従って、特に資本効率が落ちてしまっている状況下では、資産回転率の指標を調べることで原因を突き詰めることが必要になります。では、資産回転率の指標を紹介します。

流動資産と固定資産

 資産を扱う指標を紹介するため、2種類の資産があることを理解する必要があります。1年以内に現金化されるのが流動資産で、それ以外が固定資産となります。また、総資産と流動/固定資産との関係は以下のようになります。

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 流動資産には、現金、売掛金、棚卸資産(俗にいう在庫)などが含まれます。固定資産には工場、機械、土地などが含まれます。

 企業にとって、流動資産のコントロールは極めて重要です。なぜなら、ビジネスの状況が悪化すると以下のフローチャートを辿ってしまい、最悪倒産になりうるからです。

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 資産価値劣化に至らないよう、流動資産の管理を企業はする必要があります。従って、株式投資に際し、売上の増加無しに流動資産が急増した場合には企業のビジネスに黄色信号が点灯していると理解しましょう。また、流動資産を減らすことで総資産回転率を向上するケースも見られます。

総資産回転率

 以前デュポン分析を紹介した際に紹介したため、式だけ再掲します。

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 総資産回転率は通常、会社の商品もしくは、戦略に競争優位があれば高くなります。また、通常総資産ではくくりが大きすぎるため、細かく資産回転率を確認する必要があります。その指標を紹介します。

棚卸資産回転率

 棚卸資産回転率は売上原価を棚卸資産で割ることで、1年で何回棚卸資産が入れ替わっているかを示します。計算式は以下の通りです。

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 この指標が高ければ、高いほど在庫コスト/リスクが少ないことを意味します。なぜ売上原価に対して計算するかというと、棚卸資産購入額が企業にとっての売上原価となるからです。

固定資産回転率

 固定資産回転率は売上原価を固定資産で割ることで、固定資産の活用度を測る指標です。計算式は以下の通りです。

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 この指標が高ければ、高いほど固定資産を活用していること意味します。一概にどの程度であればよいかはありませんが、大きな固定資産を要する製造業などでは、この数値も重要になります。急激に下がれば、遊休資産が生まれている可能性が高いです。

 

貸借対照表vs損益計算書~財務状況分析~

 財務レバレッジはROEを動かす最も大きな要因の1つです。今回、ここで扱うのはクレジット分析(与信調査)の基礎知識でです。

財務レバレッジとは

 企業は以下の図のように、純資産(株式)か負債(借金)の形で資金調達を行い、その資金を資産として活用することでビジネスを行っています。 

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負債なしでは企業は純資産しか使えません。しかし。銀行借入や社債発行の形で負債を負うことで(=財務レバレッジをかけることで)企業は純資産以上のお金を使ってビジネスをできます。

 財務レバレッジをかければかけるほど、株主資本に対する資本効率が良くなる一方で債務超過で倒産に陥る可能性があります。今回は財務レバレッジの以外の、企業の倒産危機が近くないかを示す、財務状況に関する指標も紹介ます。

バランスシート指標

 以前、財務レバレッジに関してデュポン分析と資本効率のページで紹介しましたが、計算式を再掲します。

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 これを財務レバレッジと呼びましたが、他にもバランスシートの項目を使って計算される指標があります。

DEレジオ(Debt-to-Equity ratio)

 総負債、または有利子負債のいずれかに対する株主資本の割合です。計算式は以下のどちらかになります。

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DEレシオを引用する場合、どちらになるかは常々確認する必要があります。尚、DCF法などでバリュエーション際は必ず有利子負債が分子の方を使います。私は個人的に、有利子負債を使った有利子負債を使って比較する方をお勧めしています。なぜなら、総負債には資本コストのかからない負債も入っており、企業が本当に借入れたわけではない負債も含まれてしまうからです。

簿価vs時価

 有利子負債、株主資本共に、上記では簿価を使いました。つまり、有価証券報告書の数値を用いて計算しました。しかし、上場企業であれば、社債、株式共に市場で取引されており、簿価とは違う値段がついている可能性が高いです。その場合、共に時価を使って以下のようにDEレシオを算出します。原則、時価を使ってDEレシオを計算することが推奨されています。

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 有利子負債の時価の計算が難しい場合は、社債の価格変動は通常小さいため、簿価の有利子負債を使っても構いません。

 DEレシオだけではなくROE、ROICにおいても株主資本、負債を時価と簿価のどちらを使うかの問題はあるため、どちらを使うかによって発生する違いを比べます。

  1. タイミング...簿価では、株主資本、負債ともに資金調達時の財務状況で示す一方、時価では現在の財務状況を示す。
  2. 数値の安定性...簿価は変動がほとんどない一方、時価は将来に対する期待値で敏感に変動してしまう。

 一般的にはROICは時価、ROEは簿価で計算することが多いです。特に、PER(株価収益率)がROEを時価ベースで計算した逆数であることから、ROEは簿価で見ることが一般的です。

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 なぜ時価が簿価よりも推奨されるかというと、今から投資をする場合、期待リターンは時価を使って計算するからです。何故なら、簿価は過去の株価/債権価格に過ぎず、現在ではその価格で投資をすることはできないからです。

 一方経営指標としては、簿価を用いて計算することがほとんどです。なぜなら、株価は完全には予測不能で、大抵正しい価格ではなく、企業がコントロールできないからです。従って、企業の経営目標を分析する上では簿価を用いるのが良いでしょう。

流動性指標

 これは、企業の日々の運営に必要な資金が十分にあるかを示す指標です。

流動比率(Current ratio)

 流動比率は以下の計算式で算出されます。

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 この比率を計算するのは運転資本という概念が存在するからです。

 運転資本(Working Capital)とは流動資産から流動負債を引いた額で、企業の運営をするにあたりすぐに使える資金額です。つまり以下の計算式で運転資本は計算されます。

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 一般的には、流動比率が200%以上であれば財務状況に問題がないとされます。また、強い成長力を持った企業であれば、今あるお金ではなく、将来得るお金で負債を返済することが前提となっているため、100%以下でも倒産しないことがあります。

当座比率(Quick ratio, Acid test)

 当座比率では先ほどの運転資本比率の 分子から棚卸資産を引くことで計算されます。つまり、下の計算式です。

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 棚卸資産を流動資産から引くことで、運転資本比率より、さらに保守的に比率を計算しています。なぜなら、事業環境が悪化した際に、棚卸資産から得られる売上は低いことが多く、棚卸資産はあてにできないからです。

売上債権回収期間(/買掛債務支払期間)

 売上債権とは売掛金や受取手形など、販売はしたもの代金徴収が後になるため発生する債権です。売上債権回収期間は、売上債権を一日の売上高で割ることで、売上債権の回収にかかる日数を示しています。以下の式で計算されます。

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 この期間が長ければ、長いほど売上回収不能となるリスクが高まります。また、売掛による売上がわかる場合は売掛による売上高を分母に設定するとより正確です。なぜなら売上高の全てによって売上債権が発生するわけではないからです。業種によって幅が大きいため一概にどの水準が適正かは言えませんが、特にインフラ、建設業界では長くなることが多いです。

 また、買掛債務支払期間は以下の式で表され、滞納がないかを確認できます。

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カバレッジレシオ(Coverage ratio)

 この指標は、返済しなくてはならない利息や債務に対し、どのくらいの利益を上げているかという指標です。通常、この指標に問題がない限り、ビジネスを続けても債務超過になることはありません。

インスタント・カバレッジ・レシオ(Times interest earned)

 この指標では、営業利益を支払利息の何倍上げているかを測る指標です。以下の計算式で算出されます。

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 この指標を用いる上で2つの注意点があります。

  1. 期中に資本構成が変わった際は、期初から今の支払利息があったとして計算すること
  2. 債務の償還については考慮されていない

 そして、2番の欠点に対処するには次の指標を使います。

有利子負債カバー率

 これは営業利益が支払利息と償還額の何倍あるかを示す指標です。インスタントカバレッジレシオより保守的な指標になります。以下の計算式で算出されます。

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 注意しなくてならないのは、元本の償還は支払利息のように税控除項目ではないので、税控除を受けない分を税金を上乗せしておかなくてはなりません。

カバレッジレシオ比較

 まず、どちらの指標もどの程度であればいいかと基準は一概には言えません。しかし、現金や有価証券などすぐに現金化できる流動資産が多ければ、この数値が低くても原則、問題はありません。 

一概にどちらのほうが重要というのは難しく、どちらも重要というのが結論です。通常、企業は債務の償還が来ると、新たに債務を借入れることで債務の償還を済ませます。そのため、インスタントカバレッジレシオさえ見ておけば平常時は問題ありません。

 しかし、資本市場や企業の状況が悪く、新たに債務を借入れるのが困難、または高コストになってしまうことがあります。そういった時には有利子負債カバー率が重要になります。ですが、有利子負債カバー率は普段から使う指標としては保守的すぎると考えられるのも事実です。

参考書

 参考書として、会計周りの知識を得るための業界本として有名な財務会計講義を執筆した著者の財務分析の本を掲載しておきます。

財務諸表分析(第6版)

財務諸表分析(第6版)

  • 作者: 桜井久勝
  • 出版社/メーカー: 中央経済社
  • 発売日: 2015/03/14
  • メディア: 単行本
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